amekai

怪談朗読者の学びと気になることを書くブログ

創作怪談 「井戸」

f:id:moonmoon67416741:20190426132809j:plain



「今日の放課後、暇?」

昼休憩、隣のクラスのAが、僕を訪ねてやってきた。

僕はかじったアンパンがまだ口の中に残っているのをよそおい、返答を待つAに掌を向けて制しながら考えを張り巡らせた。

どうやって、この誘いを断ろうか。

というのも、時折ふらっと現れるこの男の誘いは少なくともロクデモナイことだからだ。

Aの誘いに乗って、何度ひどい目にあったことか。

それも決まって火の粉が降りかかるのは首謀者であるAではなく、渋々付き合っている僕ばかり・・・・・・。

今回もきっと、その例に漏れない筈だ。

「あ~、ごめん、今日、部活があるから」

「今日はバレー部とバスケ部が体育館使うから、バドミントン部は練習無しって聞いたけど」

「あ~、そうだった。それでさ、今日はすぐ帰ってうちの店番しなくちゃならないんだ」

「君の家さ、今日定休日だよね?」

「あ・・・」

僕は口ごもってしまった。思考の引き出しを片っ端から開けて、さらにそれをひっくり返して裏側まで探したが、打開策は出てこない。

それに対してAは微笑んでいる。僕が次にどんなカードを切ってくるのかを楽しみ待っている。といった表情だ。

人からの誘いを、嘘でもなんでもいいから何か理由をつけないと断れないという、僕の性分をAは熟知している。

そして、僕が理由をこじつけて断れない日を選んでAはやってくるのだ。この男につかまった時点で、僕の負けは確定していたということ。

もう少し足掻こうと思ったが、今回も駄目そうだ。

「わかった、付き合うよ」

「あらら、今日は一段と早く折れるね」

Aが物足りなさそうに言って肩をすくめた。

もう少し逃げる僕のことを追いかけまわして遊びたかったのだろう。

そんなAの思惑を透かしてやった様な気になったが、こっ酷くやられる前に情けなく白旗を上げただけのことである。

「それで、今回はなにをするの?」

「うん、その前に、昨日事故があったの知ってる?」

「事故?ああ、母ちゃんから聞いたよ『ティア』の前で、小学生の男の子がバスにひかれて亡くなったって」

「そう、で、その原因って知ってる?」

「原因?いや、その子が道路に飛び出したから轢かれたんでしょ?ただの事故じゃないの?」

「いや、それが違うんだな」

Aが不気味にほほ笑んだ。

「井戸だよ」

「井戸?」

「そう『ティア』の横に古い井戸があるんだ。生活水を汲んだりする為の井戸じゃなくて、昔その土地で起こったいざこざで無念の死を遂げた者達の霊魂を鎮めるための井戸さ」

「へえ、そんなものがあったんだ。だけどさ、それが事故と何の関係があるの?」

「その小学生が、井戸の蓋をあけちゃったんだよ。それが原因で事故にあったって噂だよ」

「何それ、祟りってこと?」

「そう!」

Aが心底楽しそうな声を出して僕を指さした。

最悪だ。どんなロクでもない誘いも尻尾を巻いて逃げ出すレベルのロクでもない誘いだ。

「まさか」

「お、察したかい。今日の放課後、その井戸の蓋、開けに行こう」

昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る。

Aは踵を返し、僕の声を置き去りにして風のように教室を出ていった。

                                                    *

「ティア」とは、僕の住んでいる地区に唯一存在するスーパーマーケットのことである。

その中にある道路に面した喫茶店で、Aと僕は二人でアイスを食べることにした。

学校からここまでの道中で火照った体を冷やすのと、井戸に向かう気持ちを作るための小休止。

「しっかり吟味して食べなよ?最後のアイスになるかもしれないから」

Aがケタケタと笑う。

この男は、本当にひっぱたいてやりたくなる。

運ばれてきたアイスをAはお茶漬けでも食べるようにして掻き込むと、さあさあ早く早くといった表情で僕を見つめた。

そんなAを尻目に、僕は時間をたっぷりとかけてアイスを口に運んだ。

頭が痛い。アイスを食べたせいだろうか?それとも、これから死ぬかもしれないという恐怖からくる頭痛だろうか?

いや、恐らく両方だろう。

茶店から道路に出ると「それじゃあ、やりますか」

とAが屈託の無い笑顔を見せた。

それに対して僕の顔は、陰鬱に沈み込んでいる。

道行く人たちの目には、死ぬかもしれないという愚行を率先して行うこの男の方が、朗らかな青年に見えていることだろう。

そんなバカなことはやめておけと至極まっとうな意見を持つ僕の方が、何かをこじらせてそうな陰気臭いやつに見えていることだろう。

世の中は理不尽だ。

「それで?その井戸ってどこにあるの?」

「これだよ」

「は?」

Aが足元を指さした。見ると、一見マンホールと見間違えてしまいそうな、木製の蓋で閉じられた穴があった。

「え、これがその井戸?」

「うん、これがその井戸だよ」

「本当に?」

もっと鳥居などが建てられていて、はた目にもわかるような物を想像していたのだが全く違った。

それに喫茶店から出て、まだ数歩と歩いていない。

開けたら死ぬ危険性のあるいわくつきの井戸が、こんな近くにかつこんな無造作にあるとは思っていなかった僕は完全に虚をつかれてしまい、言葉を失ってしまった。

好奇心旺盛な小学生などはこんなもの開けて中を見るに決まっているじゃないか。

そう考えると、今までよくこれだけの被害で済んだなと思った。

明るみに出ていないだけで、他にも亡くなった人がたくさんいるのかもしれないけれど・・・・・・。

「結構深いんだねー」

Aが穴の中を覗き込んでいる。

僕は、自分の気持ちを落ち着かせるので精一杯だった。

大丈夫、大丈夫、大丈夫、蓋を開けさえしなければ大丈・・・・・・蓋?

しゃがんで穴を覗き込んでいるAの脇に、木で作られた円盤状の何かが置かれている。

「あの、Aさん?それって、もしかして」

「ん、これ?井戸の蓋だよ。いやーごめんね。我慢できなくってさ」

体中の血液が引いていくのを感じた。

「その井戸の蓋を開けた小学生が、バスはねられて死んだんだよね」

昼休憩にAに言われた言葉が頭の中にこだまする。

背後で、車のエンジンの音が聞こえた。

小さな悲鳴を上げて振り返る。

一台の軽自動車が、僕の前をゆったりと通り過ぎていく。

おびえた表情の僕を、ドライバーが怪訝そうな顔で見ていた。

僕たちは、死んでしまうのだろうか?

それとも、蓋を開けたAにだけこの井戸の祟りが降りかかるのだろうか?

だとすれば、このままAと一緒にいるのは危ないのではないか?

様々な考えが頭の中で交錯して、クラッシュして、炎上する。

苦しい。まともに呼吸ができない。

「大丈夫?」

Aが僕の肩に手を置いて、顔を覗き込んできた。

「いや、やばいかも」

僕はなんとか言葉を絞り出した。

「もう帰ろうよ、十分でしょ?」

そう言って、僕はちらりと井戸を見てしまった。

その瞬間、僕はAを置き去りにして走り出していた。

井戸の中から男とも女ともつかない人間が、穴の縁に指をかけ顔だけを出してこちらを睨んでいたのだ。

その日僕は夕食もとらず、風呂にも入らず、部屋にカギをかけて、ベッドに潜り込んだ。

目を閉じると、自分を睨んでいたあの顔が浮かんできて、結局朝まで眠ることができなかった。

                                                           *

昼休憩、僕は弁当に全く箸をつけられないでいた。

朝のホームルームが終わった後すぐにAのクラスを訪ねたのだがAは登校しておらず、まだ学校には何の連絡も無いとのことだった。

もしかしたら・・・僕は、最悪の事態を想像した。

もしAが祟りにあって死んでしまったとして、その場に居合わせた僕はどうなってしまうのだろうか?

胃が、きりきりと痛む。

「おはよう」

緊張感のかけらもない声が聞こえた。

見ると何食わぬ顔で、Aが僕の前に立っている。

「いや~、ちょっと遅くまでゲームしててさ、大遅刻だよ」

そう言ってAが僕の前の机に腰かけて、缶コーヒーの蓋を開けて飲み干すと「まっずいいい」と顔をしかめた。

この男は、どういう神経をしているのだろうか。いや、恐らく神経が無いのだろう。

ただ、無事でよかった。これはAが死んでしまうと僕にも何か影響があるのではないか?という疑問が解消されたという意味で良かったというのが半分。

「死んだかと思ったよ、何も起こらなかった?」

「それなんだけどさ」

Aがポケットから携帯電話を取り出し、少し操作すると、僕に画面を見せてきた。
メールの受信画面だった。

本文を見る。

僕は凍り付いた。

「井戸の中で待ってます」

メールの内容は、その一文だけ。

「君ってさ、携帯電話持ってなかったよね?」

「うん、持ってない」

「じゃあ、誰だろうな?このメール送ってきたの、学校の誰にもアドレスは教えていなんだけどな。それにさ、このメールおかしいんだ。返信ができないんだよ」

そんなメールに返事を書こうと思ったAに対しても恐怖を覚えたが、僕は再び、井戸の中から僕達を睨んでいたあの顔を思い出した。

「それでさ、今日の夜、何か予定あるかい?」

「ないけど、何するの?」

「井戸の中にさ、入ってみない?」

「それだけは無理!」


fin