amekai

怪談朗読者の学びと気になることを書くブログ

Aという男 「心霊写真を焼き増ししたら」

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あなたは、悪魔というものを見たことがあるか?僕は見たことがある。

そして今も悪魔に苛まれ続けている。

美術の教科書に描かれている悪魔のように悪魔ぜんとしたものではない。

そうであったら「ここに悪魔がいるぞ!」

と言って、正義の名のもとに火あぶりにでもなんにでも処すことができるだろう。

だが、僕の知っている悪魔は人の皮をかぶり、柔和な男の姿をしている。

成績優秀。品行方正。

悪魔は周到に立ち回り僕以外の人間の信頼をいとも容易く獲得してしまっている。

よって「こいつは悪魔だぞ!」といくら叫んだところで、なんの効果もない。

逆に僕自身が善良な一市民を非難する危険分子として吊るしあげられることになるだろう。

かといって、僕一人でその悪魔を払うすべはない。

残された道はただ一つ「逃げる」ことだけだった。

                                                             *

昼休憩が始まると同時に僕は弁当箱と水筒を持って教室を飛び出した。

嫌な予感がしたのだ「悪魔」が僕を訪ねてやってくる予感がしたのだ。

この予感が的中する確率は百パーセントだ。それに従って逃げてはみるものの、悲しいことに逃げきれたことはない。

「悪魔」の到来を察知する才能を神は僕に与えてくれたが、それを回避する才能は与えてくれなかったようだ。

廊下の曲がり角でぶつかりかけた教師が大声で何かを言ったが、僕はそんな声を置き去りにして走り続けた。

上履きのまま校舎の裏側に抜ける。

校舎の背中を沿うようにして走ってたどり着いたのは、校庭の隅にひっそりと建てられた体育祭などで使用するライン引きやコーンなどが保管されている倉庫の裏側。

石灰と苔がこびりついた壁にお構いなしに背中を預けると、僕は細切れになって口からこぼれる呼吸を整えた。

なるべく息を殺して、気配を殺して。

少し体を傾ければ、校庭が一望できる。

ここまで来たからと言って安心はできないが「悪魔」の接近に気づくことができる可能性はぐんと高くなる。

シャツが汗でしなって背中に張り付いている。

気持ち悪い。それが気になるということは、いささか心身が冷静になってきたということだろう。

僕は携えた水筒の蓋を開け、冷えたお茶を流し込んだ。

「やあ、暑いねえ」

涼し気な「悪魔」の声が聞こえた。僕は口に含んでいたお茶を盛大に噴き出してむせかえってしまった。

声のした方を見る。倉庫の影から「悪魔」が、Aが顔をのぞかせた。

「な、なんでここが分かったの?」

「いやあ君の僕に対する恐怖感や嫌悪感、そういった感情がないまぜになった物がモクモクと狼煙のように立ち上っているのが見えてね。
それを追いかけていたらここにたどり着いたという訳さ」

Aの言ったことを僕は心の底から馬鹿馬鹿しいと思った。言い終えて少ししてからAがけらけらと笑い出した。自分でも馬鹿馬鹿しいことだと思ったのだろう。

しかし、僕がAに抱いている感情はAの言ったとおり並大抵の物ではない。

そんな馬鹿なことがあるわけがないだろうと思ったが、僕が抱いている感情は視認できるほどに濃密な物になっている可能性は十分ある。

鍋から溢れるほどに煮詰まって熟成されたこの感情がそういう風に具現化してくれればいいのになと思った。

それさえ楽しむであろう目の前のAという男を、実態をもったその象の腕で思い切りぶん殴ることができればどれだけ僕の心は救われるだろう・・・・・・。

そんなことが実際にあるわけもない。それにこの距離まで近づかれたら逃げるすべもない。

僕は観念して、あぐらをかいて弁当箱の蓋を開けた。もみくちゃにされたおかずたちが哀愁を誘う。

「それで、今日はなんの用?」

中身のすっかり偏ってしまった弁当の中身を箸で整理しながら尋ねると、彼は一枚の紙切れを僕の膝の上に投げ落とした。

僕は小さく悲鳴を上げると、反射でそれから目を背けた。

Aは生粋のオカルトマニアだ。彼が僕に手渡す物といえば、そういった物の中でとりわけ悪質で悪い意味で質の高い物に決まっている。

そして、彼はそういう類の物のフェイクを好まない。

それで人を怖がらせるのはもっと好まない。

なので彼が僕に投げたこの紙切れもそういう類の物だと見らずともわかる。

そこだけは唯一信頼できる。最悪の信頼だけれども。

「大丈夫だよ。蟻くらいだったら殺せる力はあるだろうけど」

彼がつまらなそうに僕に言った。

恐る恐る膝の上の紙に目をやる。紙切れかと思っていたそれは一枚の写真だった。

手に取って見てみると、真っ黒に焼け焦げたオフィスのような場所に不気味な女が立っている写真だった。

長い髪を無造作に体の前にたらし、その髪の隙間から眼球がこぼれそうなほどに見開かれた目が覗いている。

その体は足元に向かうほどに透けていて、膝のあたりで途切れていた。

「これって、心霊写真?」

「そう。ただその筋の人に見てもらったんだけど、微弱な力しか持っていないんだってさ」

彼が言うには、隣町のとあるビルの二階に入っていた事務所の女社員が人間関係のいざこざからその事務所に深夜に忍び込み焼身自殺をしたらしいのだ。

補修することができないほどに燃えてしまったらしく、そのビルに入っていたテナントも全て撤退。今では廃ビルになっているらしい。

それからその建物の前を通った人から「閉鎖されて誰もいないはずの事務所から女が見下ろしてくる」「たまに炎が揺らめくような光が見える」

などの噂話がされるようになり、その真相を確かめるべく女が自殺した時間に合わせて深夜事務所に忍び込んで撮れた写真がこれだというのだ。

「好奇心」と「行動力」と「悪運」Aが神から与えられた三物。

それをもってして彼が心血を注いで熱中するのが「オカルト」

こけつまろびつ逃げ果せる人々の奔流を嬉々としてさかのぼって行くのがこのAという男だ。

そしてどんなことが起こっても必ず生還する。

「これ、どうするの?」

「とりあえず焼き増しして、心霊番組や雑誌を作っている会社に片っ端から送り付けてみるよ。小銭が稼げたら御の字ってところだね」

「そうですか・・・」

「そういうことだから、じゃあごゆっくり」

「え?それだけの為に僕に会いに来たのか?」

「そうだよ~。たったこれだけの為にずいぶんと必死に逃げたものだ。おつかれさま~」

Aは僕の手から写真を取り上げると、カラカラと笑い僕に背を向けて霞のように消えた。

背中に張り付いたシャツの感触が気持ち悪い。つまんで引き剥がすと、苔と石灰の入り混じったものが指に付着して僕をさらに不快にさせた。

なんだかここまで逃げてきた自分自身が馬鹿みたいに思え無性に悔しくなった。

僕は弁当の隅に押しやられ、輪郭が少し角張ってしまったミートボールに箸を突き立てた。

                                                    *

それから二日が経過した日の夜。

僕はけたたましい叫び声で目が覚めた。

飛び起きると窓の縁からオレンジ色の何かがちらちらと中を覗き込んできている。

おぼつかない足取りで窓に近づき開け放つと、途端にぬくい空気が部屋の中に入り込んできた。

窓から身を乗り出して外を見ると、隣家が燃えていた。

叫び声の正体は消防車のサイレンの音だった。

寝間着のまま外に飛び出す。

僕は目を丸くした。

轟々とのたうつ炎に咀嚼されているのはAの家だった。

消防車から放水は行われているが、火の勢いが強すぎるせいか、消防隊員は家の中に入れないでいるようだった。

何かが砕けて崩れ落ちる音が中から聞こえ、炎が身体を大きくうねらせる。

Aは無事だろうか?あの男のことだ、上手く逃げ出しているはずだ。

しかしまだ家の中にいるとしたら、いくらあの男といえど無事では済まないだろう。

かといって、僕にはどうすることもできない。ただただ立ちつくして見守ることしかできない。

「いやぁ、よく燃えるね」

聞き覚えのある声がした。隣を見るとAが花火でも見るような顔で僕の横に立っている。

唖然としている僕の顔を見ると、ししい、とAが笑った。顔の右半分は血のような炎の色がまつわりついていて、左はそれに反して真っ黒に塗られている。

Aの中の悪魔が表に出てきたようだと思った。

「まるで、死人でも見るような顔だね」

「いや、君が中にいるかと思って」

「妙な胸騒ぎがしてね。祖父の家に避難していたんだ」

「そっか・・・」

柱の折れる音が聞こえて、家が傾く。

離れろ!と言う消防隊員の声と、やじ馬の女性の悲鳴が聞こえた。

「まさか、こんなことになるとはねえ」

「あの写真が原因?」

「どうもね」

「力の弱い写真だって言ってたじゃないか」

「焼き増ししたのがまずかったようだ」

「え?どういうこと?」

「あの写真単体の力は微弱なものだったようだけど、焼き増しすることによってあの霊の存在自体が増えてしまったようでね。ちりも積もればなんとやらで、こんなことを起こす力を手に入れてしまったようだ」

「それ、誰に聞いたの?」

「誰にも。ただ、そうだったら面白いなと思っただけさ」

「そうですか・・・・・・・」

「そこで、君に相談があるんだけど」

そう言ってAが件の写真を僕の眼前に差し出した。

「僕の推測が正しければ、これを焼き増ししてひどい目に合わせてやりたい奴に送れば、このような目に合わせることが出来るということだ」

Aが深夜の通販番組のような薄っぺらな調子で語を継ぐ。

「どうだい?君にはそんな相手はいないかい?今なら格安で譲ってあげるが?」

本当にこの男は、心底救いようのない奴だな。心配していたのがバカバカしくなり、だんだんと腹立たしくなってきた。

「相手ならいるよ」

僕はAの目をしっかりと見据えて、

「君だよ」

思い切ってそう言ってやった。もしかしたら、悪魔のような顔をしていたかもしれない。

Aが一瞬キョトンとした顔をになったあと、腹を抱えて哄笑した。

消防隊員とやじ馬が白い目でAを睨む。

まさか目の前で燃えている家の住人がこの男だとは、誰も思うまい。